乙女高原アーカイブ

乙女高原ファンクラブの活動記録です

第23回乙女高原フォーラム その1

※鈴木さんがレポートを書いてくださいました。

 山梨市長のあいさつに始まり、1年間の活動報告や乙女高原フェロー認定式がありました。

山梨市長あいさつ

峡東林務環境事務所長あいさつ

フェロー認証

そのあとファンクラブの宇津さんが、この1年間をタイムスリップしたストーリーで「乙女高原のチョウ」について紹介しました。宇津さんは乙女高原で74種ものチョウを確認されているそうです。
 そしていよいよメインイベント、北原正彦さんを講師に迎えての講演です。
 テーマは「乙女高原の希少蝶類 特に天然記念物ヒメギフチョウの分布、生活史-その価値と魅力-」
 昨年、山梨市と甲府市の天然記念物に指定されたヒメギフチョウを中心に、その希少性や魅力についてとてもわかりやすく講演してくださいました。1970年代頃までは多数棲息していたヒメギフチョウが、現在は絶滅の危惧の恐れがあるほどまでに激減したこと・市の天然記念物に指定されるに至った経緯などにも触れ、私たちが保護活動をしていく課題についても提言していただきました。
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乙女高原のチョウ 宇津貴史さんの原稿

 チョウについて話す、という役目をいただきました。よくある質問といいますか、「日本には何種類のチョウがいるんですか」だとか「チョウとガの違いはなんですか」だとか、インターネットで検索すればそれなりの回答が得られることは話さなくてもいいでしょう。帰ってからスマホで調べてください。今日はみなさんとタイムスリップし、高原を散策したいと思います。

 まずは「乙女高原のチョウ」と書かれた資料をご覧ください。乙女を訪ねてから今年でもう6年になります。はじめて高原内に足を踏み入れてその美しさに圧倒されました。秋になりかけの時季でした。アザミ、ワレモコウ、マツムシソウ。澄んだ青い空を背景に、ミドリヒョウモンが縺れて飛んでいきます。黒の濃い寒冷地のキアゲハを富士山を背景に撮影しました。
 毎度、冗談として話していることですが見惚れてしまい、「ああ、いまこの瞬間に死んでしまってもいいな」と思いました。あれからそんなに経つのですね。まだ生きています。生きているからこそその間ずっと、チョウをこつこつ観察することができました。人知れず積み重ねてきた賜物ですから、易々と披露してしまうなんてごめんだ、本当は秘密にしておきたい。と裏の顔では思っていますが、表の顔ではみなさんと共有したがっています。ヒメギフチョウが天然記念物に導けたのもみなさんのおかげです。今日は表の顔でいきます。
 乙女高原には何種類のチョウがいるでしょうか。ここには74種と書いてあります。しかしこれはあくまで私が高原内で見かけた種数です。たとえばアオバセセリ。植原さんは高原内で撮影していますが、私は見ておりません。訪れた日の天気、気温、チョウの気まぐれによっても見られるものは変わります。また、ゼフィルスと呼ばれるグループがいます。樹の上に棲むシジミチョウのグループです。小さいチョウなので目撃するのは難しいし、目撃できたとしても高い梢にいますから、同定するのが至難の業です。把握しきれていません。そういった種もあわせると、約80種のチョウが乙女高原に現存するものと推測されます。
 ただし、90年代には90種弱の記録があります。詳しくは北原先生の話に譲りますが、フタスジチョウ、コウゲンヒョウモン、コヒョウモン、ゴマシジミなどは絶滅したものと思われます。
 いきなり気持ちが重くなってしまいました。気を取り戻してこれから、いまは冬ですが、タイムスリップして、高原の短い季節、春から秋までの乙女周辺を一緒に探索しましょう。
 はい、いまは4月下旬の琴川ダムです。

●4月●
 下界はとっくに初夏。大型連休を長めにとって、休んでいるひともいるかもしれません。でもこの時季、林道に車は入れませんから、ダムに停めて登りましょう。空は青く澄んで、とても気持ちがいい。今日はきっと、高原の上まで進めば富士山が見えるはずです。
 しかし風は冷たい。流れた雲に陽が隠されると、上着に腕を回さなければ足が震えてしまいます。落ち葉ばかりで花などひとつもない。こんなに寒くて本当にチョウなどいるのか? と地面に近付いてよく見てみると、あちこちにスミレが咲いています。木々の葉はすかすか、枝と枝を通った光線では見えにくいですがダンコウバイの花、小さな黄色が点描のよう。カラマツの葉が出てきています。まだ冬が続いているのかと思いきや、春は始まっていました。梢を鳥が騒ぎ、声が聞こえてきます。コガラ、ヤマガラ、シジュウカラ。あっちで鳴いているのはセンダイムシクイでしょうか。カエルの声も聞こえます。
 と、目の前をびゅんと横切る小さなものがあります。春だけに現れるシジミチョウ、コツバメです。翅を広げて止まることはありませんが、翔ぶときには表の、コバルトブルーが照らされます。コツバメは枯れたススキの穂や枝先に止まり、体を傾け陽を浴びます。この、体を傾けて陽を浴びるという習性は、カラスシジミの仲間の特徴です。カラスシジミの仲間は他に2種、高原内で観ることができますがずっとあと、7月になってからです。
 柳の花の周りをエルタテハが旋回し、目で追っていると白樺の幹に落ち着いてしまいました。翅の裏側は樹皮の色そっくりですから、止まってしまうとなかなか探すのは難しいです。
 この季節、すでにスジグロシロチョウも出始めていますが、あっちの白いチョウは大きめのサイズ。スジボソヤマキチョウです。芽吹き始めたクロウメモドキに産卵すべく、探し回っているのです。しかし枯れ葉の上に止まってしまうといったいどこに止まったのかわからなくなる。先ほどのエルタテハもそうですが、チョウたちは隠れるのがうまい。忍者のようですね。
 ということで、ダムから100段も階段を上がり、さらに4kmほど歩き、ようやく高原に着きました。夏にはあれほど花のあった高原も一面の枯れ姿。まだロープも張られていません。どこを歩いたって自由です。ですが、足元にキジムシロやフデリンドウが咲いていますから、注意深く歩きましょう。夏の間はほとんど見かけないキタテハですが、早春の高原には多く、縺れて空を上っていきます。

 さて、今日の目当てはヒメギフチョウです。と、林縁部の木漏れ日の下、虎柄のチョウがスミレの蜜を吸っています。キアゲハでした。春のキアゲハは小さいので、遠くから見ると間違えやすいかもしれません。でも、飛び方が全然違います。ヒメギフチョウは風に乗る優雅さにワイルドが足された感じ。キアゲハのほうが翅の面積が大きいぶん、上品に見えます。
 時刻は10時です。林床ではミヤマセセリが翅を拡げています。春だけに現れるセセリチョウです。雌雄差ははっきりしていますから、今年はぜひ、観察してみてください。

ミヤマセセリ(撮影 宇津)

 斜面によってはスミレやエンゴサクが咲いていますがまだほとんどの下草は落ち葉に埋まっています。乾燥していて歩くと滑ります。ウスバサイシンも芽生えていますね。ヒメギフチョウの食草です。密度高く生えています。ということは、この近辺にいればやってくるだろうと推測してしばらく待ってみましょう。
 30分ほど経ちました。しかしヒメギフチョウは現れません。まだ発生していないのでしょうか。そのとき、上空を一瞬だけ何かが横切りました。カラマツの梢です。夜や雨降りのとき、ギフチョウやヒメギフチョウは針葉樹に紛れていることが多い。見ていると、林床に下りてきました。翅を拡げて光を浴びはじめました。一見、派手な色ですが、木漏れ日、枝の陰と完全に同化した色です。飛び立つと目で追うのも大変です。でも、すぐに落ち葉の上に止まります。変温動物ですから、体を温めないと飛べません。

ヒメギフチョウ (撮影 宇津)

 じゅうぶんに体温が上がってからも、この場所にこだわっているようです。居心地の良い場所なのでしょうか、飛んでも何度も何度も同じ場所に止まります。ヒメギフチョウのオスのようですね。メスがやってくるのを待ち構えているのです。メスよりオスのほうが若干早く羽化します。この日、メスには出会えませんでした。

●5月●
 ヒメギフチョウはその後、どうしているでしょうか。今度は5月下旬に行ってみましょう。さきほどヒメギフチョウを観た場所ですが、もうその姿は見られません。
 林床のウスバサイシンを探してみましょう。先月よりもだいぶ生長し、葉の数も増えています。卵がついています。アゲハやキアゲハはひとつずつ産みますが、ヒメギフチョウはまとめて産みます。観察すると、卵が産まれた時期がある程度予測できます。というのも、ウスバサイシンの葉が生長して、産み付けられた卵と卵の間に隙間ができるからです。この幼虫たちは夏前には蛹になり、翌年の春、再び飛び回ります。
 卵の観察を終え、林道を歩いていると突然、ヤマキマダラヒカゲが飛び立ちます。視線を下げるとキツネ? タヌキ? なにやら糞が落ちていて、その周りをぐるぐる回っています。観察している人の腕や靴にもやってくることもしばしばです。ヤマキマダラヒカゲが花を訪れる場面を観たことはありません。似ている種であるサトキマダラヒカゲがシシウド、ウツギで吸蜜しているのはそれぞれ一度ずつ見たことがありますから、100パーセントないとは言い切れませんが。
 タテハチョウの仲間は似たような傾向にあります。コムラサキやキベリタテハも花を訪れません。でも一度だけ、コムラサキがヤマアジサイで吸蜜している姿を撮影したことがありますし、去年、ヨツバヒヨドリにキベリタテハが来ているのを目撃しています。同じくヨツバヒヨドリに来ているエルタテハを撮影したこともあります。秋にヤマハギで吸蜜しているヒオドシチョウも。ヒオドシチョウは比較的、花にくる場面を目撃しますが、それでもアゲハやモンシロチョウとは異なり、訪花頻度は少ないです。とはいっても、ヒメアカタテハは花にしかきませんし、サカハチチョウも花が大好きです。
 そんな話をしていると、白樺の幹にキベリタテハがとまっているのをみつけました。成虫で冬を越し、ダケカンバに卵を産んで一生を終えます。北海道ではシラカバにも産卵するようですが、本州ではダケカンバのようです。

●6月●
 高原は6月になりました。茶色一色だった高原もずいぶんと草本が目立ってきました。高原じゅうにギンイチモンジセセリがとんでいます。関東ではたいてい河川敷だとか田んぼに棲んでいるチョウですから、アヤメの青やレンゲツツジの赤と一緒に見ると新鮮な気持ちがします。東京では多摩川に行けば年に三回、姿を観ることができますが、乙女では一回限り。それだけ標高があるということですね。
 同じセセリチョウの仲間だと、ヒメキマダラセセリやコチャバネセセリがものすごい数です。咲き始めたアザミに5頭6頭群がっていることもあります。セセリチョウの仲間はたいてい、幼虫で越冬し、暖かくなってくると何も食べずに蛹になります。4月のミヤマセセリもそうです。だったら最初から殻に守られた蛹で越冬すればいいじゃないか、身に染みる冬の厳しさを経験しなくてすむではないか、と考えてしまうのはしょせん人間の知恵であって、セセリチョウにはセセリチョウの都合があります。
 さて、乙女高原にはヒョウモンチョウの仲間が非常に多くいるのですが、このころになってだんだん現れはじめます。卵か一齢幼虫で越冬しますから、わずかな期間で成長しチョウになったものですね。いや、それにしては速すぎます。チョウになるために野外では二か月以上かかるし、ましてや気温の低い場所ですから。
 これはおそらく、標高の低い場所で成虫になったものが、風に乗って上がってきたのでしょう。四方八方から山頂に集まってくる、このような行動をヒルトッピングといいます。もちろん、乙女高原周辺で発生している個体もいて、だからどんどん個体数が増えていき、盛夏には巨大なお見合い会場となっている、というわけです。
 この季節、最初に出てくるのはギンボシヒョウモンとウラギンヒョウモンです。朝晩の気温差、草露に濡れ、高原のチョウの翅は傷みやすいのですが、このころは濃いヒョウ柄です。高いところを飛んでいると、ヤマキマダラヒカゲと区別がつきません。
 ズミの白い花がきれいです。今日は少し曇っていますが、富士山が見えます。その手前、ふわふわと飛んでいるのはアサギマダラです。クモマツマキチョウの撮影で南アルプスに行っても、だいたい5月の下旬くらいから見かけるようになります。
 2020年の7月11日、高尾山でマーキングされたアサギマダラを撮影しました。データから、6月1日に博多でマークされた個体だとわかりました。
 そんな高尾山周辺で冬にキジョランを探すと、5mmくらいの幼虫が観られます。南の地域ではなくとも運よく冬を越せた幼虫が春になって成虫になり、比較的早い時期に山梨や長野で観られるのではないかと推測しています。

●7月も中旬を過ぎました●
 あれほどいたギンイチモンジセセリはもういません。アヤメやレンゲツツジの草原はいまや花が一斉に咲き、乙女高原のチョウたちが最も輝く季節がやってきました。「ゼフィルス」と呼ばれる樹上性のシジミチョウも輝くときです。
 朝の、まだ誰も入っていない高原を歩くのが好きです。花びらの一枚一枚、葉脈や蕾にも朝露がきらきらしていて、そのひとつひとつにまだ半分しか出ていない太陽を、花の香りや吐き出された酸素までもを感じ取れます。ワレモコウの花はまだ小さく、色もついていないものが多いですが、一晩をここで休んだであろうアカセセリが、翅に水滴をつけてじっとしています。外敵に襲われないよう、雨に撃たれないよう、枝先や葉っぱの裏ですごします。チョウの翅はセロファン紙のようなもの。豪雨に打たれたり指で触られて鱗粉が抜け落ちてしまえば、互いにくっつき合って開くこともできなくなるでしょう。でも鱗粉のある状態なら水を弾いてくれます。多少の雨に濡れても平気です。

アカセセリ (撮影 宇津)

 ところでこのアカセセリ、中部地方の限られた場所にしか生息していません。セセリチョウの仲間はどれも小さくて似たり寄ったりの色なので、あまり興味をもってみてもらえないかもしれませんが、大きな頭と複眼、かわいらしいので、ぜひ近付いて観察してみてください。
 やがて太陽が昇ってくると、ヒョウモン類やクジャクチョウが歩道で日光浴をはじめます。やはり高原性のチョウが多くいます。逆に言えば、遷移が進んで高原でなくなってしまえば個体数は少なくなると言うことです。ヒョウモン類、クジャクチョウが多く見られるのは、みなさんの手によって草刈りがされ、草原が維持できているからです。
 ズミの葉の上でウラジャノメが翅を拡げています。非常に地味で、みなさんにはきっと馴染みのないチョウだと思います。去年は産卵シーンを目撃することができました。幼虫はスゲの仲間を食べますが、スゲの間を行ったり来たりしているウラジャノメをみつけたので、この個体はメスで、産卵しようとしているのだと直感しましたから、じっと見ていました。ウラジャノメの体格に比べて、イネ科の草本であるスゲはとても細い。やがてこのチョウはスゲに止まったのですが、重みで垂れ下がってしまい、産卵どころではありません。でもちゃんと産卵しました。ではどのように産卵したのか。卵を葉に生まず、投下したのです。卵は根元に転がっていきました。冬に枯れるスゲに卵を産んでも意味がない、それよりも株と根元の空間に転がってくれたくれたほうが安全だ、とでも語っているかのようでした。
 ウラジャノメから遅れて現れるジャノメチョウも、同様にススキとススキの間に卵をばらまきます。ジャノメチョウはどんくさくて地味な色のチョウです。狸が化けてチョウになったみたい。でも小粋で朗らか、明るい草地を好みます。むかしは沖縄を除いたほとんど日本全土でみられましたが、棲息地は年々減少。東京都内ではほぼ絶滅です。「ほぼ」というのはかろうじて残っている場所があるからですが、これから先、明るい草地が増えるとは思えませんから、好転する兆しはありません。

 引き続き、高原を歩きましょう。見てください、ススキの葉の上、緑色に輝くシジミチョウが止まっています。ミドリシジミの仲間ですが、この仲間は種の同定が非常に難しい。近付いて、ちゃんと翅の裏側を観察しないと種が特定できない。せっかく撮影しても、翅が切れていたり鱗粉がすれたりしていては、特定できません。
 ではミドリシジミの仲間は、どうやって互いを見分けているのでしょう。ひとつには、活動する時間帯を棲み分けています。種によって、早朝に活動する、午前中に活動する、夕方ごろ活動するというように。
 実は四年前から、このミドリシジミの種を特定しようとこの時期になると気にかけていました。他の地域の発生時期や、午前中かつ、ミズナラが多い林の縁という条件を総合的に考えてみて「アイノ」か「ジョウザン」「オオミドリ」と予想はたてられるのですが、正確ではありません。近くに止まってくれれば話は早い。しかし、近くにとまったときに限って翅を拡げてしまう。グリーンにきらきら光る姿は美しいですが、きちんと裏をみないと判別できません。
 しかし、とうとう去年、これがアイノミドリシジミであるとやっと特定できました。ものすごい苦労なんです。だから本当は秘密にしておきたい……というのは嘘で、「乙女高原にこんな珍しい種がいた」などと報告してしまうと、採集者がやってきたり、ロープの中に入り込む質の悪い撮影者が押し寄せる可能性があります。だから詳しい情報は流さないようにする注意も必要です。ロッジのホワイトボードにも、あえて目撃種を書き込まないようにしています。「みんなに教えてあげたい」、「情報を拡散しよう」というのはいかにも資本主義的で私は嫌です。どうか今日の資料の扱いも、乙女高原を愛する共同体精神、「秘密の共有」という認識を忘れないでほしいと思います。

アイノミドリシジミ (撮影 宇津)

 ところでこのアイノミドリシジミ、止まっているときに前脚を宙に浮かせています。何をしているのでしょうか。この行動はセセリチョウなどでもよく見られます。縄張りにメスが入ってきたときに飛び出しやすくするためでしょうか、前脚を使わないでいるのです。想像してみてください、たしかに6本足で葉っぱを蹴るよりも、4本足で蹴る方が足がばらばらにならないぶん、スムーズに飛び上がれそうですよね。使わないでいると退化していく、というのが世の常です。実際、タテハチョウ科のチョウは前脚が退化して胸部にくっついてしまい、あたかも4本足であるかのようです。もちろん進化とは複雑な流れですから、単純に解釈することはできませんが。
 ヒョウモンチョウの仲間たちはこのころになると出揃い、花を駆け巡っています。平地では夏の間、眠りに就きますが高原は涼しいのでその間も観ることができます。しかしいくら高原とはいえ、今日は暑すぎる。そんな日が年々増えているような気がします。ではチョウたちはどこにいるのか。木々の繁った暗がり、トイレの裏、あるいは、ロッジの屋根を見てみましょう。休んでいるヒョウモン類を見つけられると思います。アサギマダラもいるかもしれません。こんな日にわざわざ畑仕事なんてしなくていいんじゃないか、もう少し涼しくなったらやるよ。人間と同じですね。

●8月●
 8月になると、ああ、今年ももう少しでチョウのシーズンが終わりだなと寂しくもなります。日本全土で考えてみてもベニヒカゲやタイワンツバメシジミなどあと数種を除き、チョウは出揃いました。
 たとえばベニシジミやヤマトシジミであれば、標高の低い場所だったら12月まで見られるでしょう。一年に何度も世代を繰り返しますし、食草が寒さに強く、小さいだけあって食べる量も少しでいいしそのぶん成長が速いからです。
 でも高原はマツムシソウが咲き、ススキの穂がではじめ、すでに秋の準備を始めています。さっそく、高原入り口の柵でキベリタテハが陽を浴びています。高原内の歩道やロープにとまっていることもありますが、回りを良く見通せる開けた場所での日光浴が大好きです。前にお話ししたとおり、キベリタテハはほとんど花の蜜を吸いません。広い駐車場の脇、コンクリートから染み出した水を吸っていることが多いです。
 このころはヒョウモンチョウの仲間はもちろん、アサギマダラが非常に多い。あっちにもこっちにもヨツバヒヨドリが咲いていて、チョウたちはこぞって蜜を求めています。ところが、中旬になってヨツバヒヨドリが花期を終えると、それまでたくさんいたアサギマダラが全然見つからなくなります。しかしその翌週、富士山麓へ行ってみてびっくりしました。ヒヨドリバナは大盛況、たくさんのアサギマダラが集まっています。ヒヨドリバナの開花とアサギマダラの移動には何らかの関係があるのかもしれませんね。なに、ヒヨドリバナは終わった? じゃあ次はフジバカマの咲くところを目指すぞ、みたいなかんじで。高尾周辺では10月過ぎから11月にアサギマダラのピークを迎えます。高尾では色の褪せたアズマヤマアザミや河川敷のセイタカアワダチソウをいじらしく吸っています。

アサギマダラ (撮影 宇津)

 旅をするチョウとしては、カナダとメキシコを往復するオオカバマダラが有名です。さすが旅も雄大ですが、考えてみればヒョウモンチョウの仲間も、秋になると少なからず山の麓に下りてくるわけで、旅とは言わないまでも「旅行」していると言えるのではないでしょうか。また、我が家の近くに棲息しているツマグロキチョウも、夏は河川敷から離れないのですが秋になると四方八方に散らばって、成虫で冬を越します。だから秋になるとあちこちで目撃されるようになるのですが、春になって母チョウが食草のカワラケツメイを探しても結局は見つからずじまい。「無効分散」となってしまい、結局もとの河川敷でしか発生できない、という状態です。ちなみに私は乙女の活動とは別に、地元八王子でツマグロキチョウの保護活動をしています。

●9月●
 9月、小学生の観察会のお手伝いをしにきました。私としてはキベリタテハの撮影も終えて目新しさもないのですが、せっかく小学生がくるのだから何かおもしろいものを見せたいなと下見に行きました。
 すると、おもしろいものに出会ってしまいました。いろいろな場所に行きたいけれど、定点観測すると見えなかった場面が見えて来ることがあります。
 その日は台風一過でした。おや、あれはなんだろう。見慣れないシジミチョウがススキの葉に止まっていました。沖縄に生息しているクロマダラソテツシジミです。海の上を飛ばされてきたのでしょうか。このようなチョウのことを迷チョウと言います。迷チョウとは、台風によって南からやってくるチョウのことです。
 余談ですが去年、北海道へ行ったとき、たまたまオオモンシロチョウと遭遇しました。オオモンシロチョウはロシアのチョウ、数少ない北からの迷チョウで、その迷チョウが二次的、三次的と発生を繰り返しているわけです。
 さてこの日、クロマダラソテツシジミを目撃した日、これまたおもしろいものと出会えました。メスアカミドリシジミのメスです。先ほどいいましたように、樹上性のシジミチョウ、ゼフィルスは7月のチョウ。きらきら舞うグリーンなどとっくに過去の話です。ではなぜいまになって現れたのか。ヒント。オスはもうとっくにいません。
 産卵です。メスアカミドリシジミはサクラの雑木に卵を産みますが、冬芽が形成されるのを待っていたのです。春に孵化した幼虫はサクラの新芽を食べることができますね。
 一方、ヒョウモンチョウの仲間は食草のスミレには卵を産みません。木の幹や根元に産み付けます。なぜでしょうか。これは、冬に枯れてしまう葉に産卵しても、孵化した幼虫が困ってしまうからです。風で飛ばされてしまうかもしれません。スゲの根元にばらまくウラジャノメの産卵と似て違った対策ですね。
 だから孵化した幼虫は自力でスミレに到達しなければ飢え死にしてしまいます。生まれた瞬間から過酷な状況に追い込まれます。
 小学生の観察会でいちばんのヒーローはキアゲハです。といっても、成虫ではありません。しまうま模様の幼虫です。シシウドなどセリ科植物を食べて育ち、蛹で冬を越します。液体窒素を使った実験ではマイナス200度近くまで耐えられるとか。現存する生物種はヒトを含め氷河期の生き残りですから、寒さには比較的強いのですね。DNAに刻まれているのです。
 さて、トランプがなんと言おうが地球はますます温暖化、やがて砂漠化したときに生き残れる種はどれほどいるでしょうか。何億年も生き抜いたアンモナイトが絶滅したのもただの地球の歴史だ。それはそうなのかもしれません。ですがあまりにもヒトが、急速に環境を変えすぎている。我々は原発事故も見てきましたし、ソーラーパネルで多くの環境が失われていくのも見つつあります。チョウがいなくなったときにはきっと、ヒトの歴史も終わるでしょう。
 ウスイロオナガシジミ、ヤマキチョウ、ツマジロウラジャノメ。乙女に棲息してはいるものの心許ない種がたくさんいます。この講演に興味を持っていただき、次の世代のチョウ、ヒトのことを考えていただけると嬉しいです。

 と、まとめたところで少々、ヒメギフチョウについてお話ししましょう。詳しくは北原先生にお任せするとして、食草のウスバサイシンに関する重要な気付きがありました。
 ヒメギフチョウの近縁種、ギフチョウは食草のカンアオイが鹿に食べられてしまい、深刻な被害です。同様に、ヒメギフチョウの減少は、鹿がウスバサイシンを食べてしまうからだ。疑うことなく、そう信じておりましたし、「採集者よりも先に鹿をどうにかしろ」と採集者から言われるたびに、返す言葉が見つかりませんでした。
 ただ、わざわざ鹿がウスバサイシンを選んで食べるかなあと、モヤモヤした感覚はありました。
 本当に鹿が食べているのか、調べてみようと植原さんがヒメギフチョウの産卵場所にセンサーカメラを設置したときも、モヤモヤ感はありつつも、決まっているじゃないかと思いましたし、鹿の食害は認められないとの結果が出たときも、たまたまこの場所はそうだったのだろうとしか思いませんでした。
 ところが、植原さんと角田さん宅で雑談しているなかで、非常に単純かつ盲点的な気付きがありました。
 ウスバサイシンは春に芽が出て、秋以降は葉を落とすということです。仮に鹿がウスバサイシンを食べようとして食べられる期間はごくわずか、しかも他の草木が豊富にある時期なのです。ギフチョウのカンアオイは冬、食べるものがないときの鹿の食料になってしまいますが、ヒメギフチョウのウスバサイシンは、わざわざ食料にする必要がない、ということです。たしかにササ類は各地で被害甚大で、いかに冬、鹿が飢えているかがわかります。
 モヤモヤが晴れました。なんでもかんでも鹿のせいにするのは簡単だけど、ちゃんと調べないとわからない、ということです。ただし、完全に疑いが晴れたわけではありませんから、引き続き調査をしていきます。
 いや、でも実際に、赤城のヒメギフチョウは激減しているではないか。そんな意見も聞こえてきそうです。
 たしかに赤城ではみなさん、一生懸命保護されていることでしょう。しかしその保護が、過保護になってしまったのではないかと私は推測します。自然状態では幼虫は、アリやクモに食べられてしまい成虫になる個体はほんのわずかです。その幼虫をしっかり育ててしまうと、やがて親の個体密度が高くなり、結果、ウスバサイシンの量が足りなくなる。幼虫が共倒れしてしまいます。
 予算が出て、報道されて、ある意味観光地化してしまうと、みなさん色気が出てきます。去年より多くのヒメギフチョウを! 来年は今年以上に! 採集して自分のものにしたいという欲だけでなく、保護する側の欲も、個体数減少に加担することもあると知っておいていただきたいと思います。